大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪家庭裁判所 昭和47年(家)960号 審判

申立人 丸井昭子(仮名)

相手方 丸井康雄(仮名)

事件本人 丸井性世子(仮名) 昭三八・七・五生

外一名

主文

相手方は、昭和四八年八月中に二回、申立人の肩書住所或いは当庁調査官坂本和夫の指示する場所において、その指示する時刻から時刻までの間、事件本人両名を申立人と面接させよ。

その後、相手方は、事件本人両名の学校・幼稚園の昭和四八年夏期休暇及びその後の冬期、春期休暇中、各三日間(七二時間)に亘つて、事件本人両名を申立人肩書住所又は申立人の希望する場所に泊らせて、申立人と面接させよ。

相手方は、上記期間の外、隔週土曜日より翌日曜日にかけて、少くとも二四時間に亘り、事件本人両名を申立人肩書住所又は申立人の希望する場所に泊らせて、申立人と面接させよ。

申立人及び相手方は、以上の面接交渉実施につき、当裁判所調査官坂本和夫の指示に従え。

理由

本件本案申立の趣旨は、「申立人と相手方との離婚訴訟により親権者監護者が確定するまでの間、申立人を事件本人両名の監護者と定める。相手方は申立人に対し事件本人両名を引渡し、上記期間中、事件本人両名の養育費として毎月適当な金員を支払え。」というのであり、その実情として述べるところは次のとおりである。

(1)  申立人と相手方とは昭和三六年一二月五日婚姻し、相手方肩書住所で、相手方とその両親弟と同居し、夫婦間に事件本人両名をもうけた。

(2)  相手方は昭和四〇年二月自宅で外科医院を開業し、相当の収入を得るに至つたところ、昭和四五年九月頃、相手方が病院勤務当時からつき合つていた看護婦村野(昭和一六年生)を雇い、夜遅くその自宅まで車で送り、相手方と村野との間に疑わしい態度言動がみられるようになり、家中の話題となり、家庭が異常な雰囲気になつた。

(3)  昭和四六年七月一六日突然相手方は申立人に対し、「性格の不一致により離婚したい。家へ帰れ。」と迫り、翌一七日も執拗に繰返し、申立人を慕う事件本人等と切り離して、申立人を無理に実家へ追い帰した。

(4)  その後も相手方は村野との雇傭関係をやめず、ドライブやデイトを続けている。

(5)  申立人は一旦は事件本人両名を連れ出したが、直ぐ相手方宅へ返しているのであり、その後相手方は申立人を事件本人両名と面接させないので、已むなく、申立人は○○レッスン場や学校幼稚園へ子に面接に赴くと、相手方は申立人に乱暴をして傷害を負わせ、面接を妨害する。事件本人両名は申立人を慕つているが、長女佳世子が申立人に連絡しようとしても相手方はこれを妨害するので、子供の心に由々しき問題を生じている。

(6)  申立人は相手方との婚姻に希望が持てず、已むなく離婚の調停を申立てたが、不成立となり、離婚訴訟(大阪地方裁判所昭和四七年(タ)第六一号)を提起し、同訴訟は現在係属中で、終結するまでに長期間を要すると思われる。事件本人両名の福祉の点から、離婚訴訟係属中も子の精神的健全性を十分考慮しなければならないが、事件本人両名の年齢に鑑み、父親の愛情にまして母親の健康な愛情が不可欠のところ、上記諸事情を総合すれば、母親である申立人が事件本人両名の監護の任に当るのが子の福祉に合致すると思われるので、本件申立に及ぶ。

而して、上記審判前の仮の処分として求めるところは、上記審判までにはまだ期間を要すると思われるが、幼女である事件本人両名と親権者である申立人との間に当然認めらるべき面接交渉の権利が相手方により完全に妨害され続けている不法状態を一日も早く改善するため、緊急に、「相手方は事件本人両名の春期・冬期各学校幼稚園休暇期間中、少くとも各五日間、夏期休暇期間中一五日間に亘り、事件本人両名を申立人と面接させよ。相手方は上記の外、隔週土曜日より翌日曜日にかけて、少くとも二四時間に亘り、事件本人両名を申立人と面接させよ。これらの場合、申立人は申立人住居その他適当な場所において事件本人両名と生活を共にすることができる。申立人及び相手方は、以上の面接交渉実施については、家庭裁判所調査官の指示に従え。」との仮の処分を求める、というのである。

先ず、本件のごとき離婚訴訟中の一方から他方に対して、夫婦間の子の監護者を定め、子の引渡及び養育費の請求を家事審判事件として申立うるか否かの点から検討する。

上記のごとき場合に、子の養育費を現に子を監護している一方の親から他方の親へ請求しうる(民法第七六〇条家事審判法第九条乙類三、同規則第五一条)ことについては学説判例とも異論がないようであるが、まだ離婚していない場合には監護者指定、子の引渡の審判申立をすることは出来ないとの学説もあるようである。婚姻が事実上破綻している場合に子の福祉のため監護者を一方に定め、他方の親から監護者と定められた親へ子の引渡をさせる必要性が甚だ大きい場合があるが、わが法律上はこのようなことを家事審判によつて求めうるとの直接の規定はないようである。而して、このような場合には一般原則により通常訴訟によつて子に対する妨害排除として子の引渡を求めるべきであるとすれば、家庭事件はなるべく広く家庭裁判所の管轄事件として、医学心理学その他の専門的知識を活用して、非訟事件として職権手続により裁量的合目的的後見的に審理する法の精神に距ること大なりといわなければならないのであつて、そのような考え方は家事審判手続に拠り得ないことが理論上確定的になつた場合の外は採用すべきものではない。このことは子の引渡が人身保護法によつて請求しうる極端な場合があるとしても変らないというべきである。外国の立法例をみても、例えば、父母の共同親権を規定するドイツにおいても、男女同権法による改正民法第一六二八条には、婚姻中の父母の子の監護についての意見の不一致の場合につき、後見裁判所が子の福祉を考慮して子の身上及び財産に関する事務の決定を母に移譲しうる旨の規定があり、同民法第一六三二条第二項には、父母の一方が他方から子の引渡を請求する場合には後見裁判所が決定する旨の規定がある。一般的に、夫婦関係については、合意による別居から、婚姻関係の破綻による別居、事実上の離婚に至る種々の段階が想定せられるが、合意による別居の場合に子の監護について意見が一致しない場合は、民法第七五二条家事審判法第九条乙類一、同規則第四五条により、その他の場合は民法第七六六条家事審判法第九条乙類四、同規則第五三条を類推適用して、家庭裁判所が子の監護者指定と指定せられた者への他方の親からの子の引渡の請求につき審判権を有すると解して不都合はないと思料する。

本件につきこれをみるに、本件記録に現われた一切の事情(各戸籍謄本、当事者提出の昭和四七年(タ)第六一号事件記録写、申立人及びその母宮下カズエ、相手方及びその父丸井保、母丸井ソメノ各審問の結果、調査官の調査報告書)、昭和四六年(家イ)第二九九四号夫婦関係調整申立事件記録を総合すると、前叙申立の実情の内(離婚原因の有無については現在の段階では差控えることにする)、

(1)  各当事者の身分関係

(2)  相手方が村野喜代子を雇傭するようになつてから、申立人が両者の関係に不審の点があると疑い、家庭の不和を生じたこと、

(3)  昭和四六年七月一六日とその翌日頃夫婦間に争が生じ、申立人の陳述によれば、申立の実情どおり、相手方の陳述によれば、相手方は申立人に対し実家へ帰つて日頃の言動を反省せよといつて、いずれにしても、事件本人両名を相手方の許に置いたまま帰らせるに至つたこと、

(4)  その後申立人依頼の興信所の調査によれば、相手方と村野との間には男女関係を疑わせるような事実がないとは必ずしも断言しえないこと、

(5)  申立人は実家へ帰つた直後事件本人両名を連れ出したが、直ぐ相手方に返したこと、その後○○レッスン場、幼稚園、学校等へ面接のため赴いた際、相手方から乱暴をされ負傷したことがあり、長女佳世子は当初は申立人を慕う手紙を書いていたが、父に気兼する趣旨の手紙を申立人に出しており、昭和四七年春頃からは申立人が学校へ面接に赴くのを避けるに至つたこと、

(6)  当庁に昭和四六年(家イ)第二九九四号として申立人より離婚調停申立があり、調停不成立となり、大阪地方裁判所昭和四七年(タ)第六一号離婚事件が係属し、現在進行中であり、夫婦間の婚姻関係は破綻していること、

を認めることができる。相手方の主張は主として申立人主張事実の反撥であり、申立人の性格や主婦としての不適格性を述べるようである。

それで、本件の場合は前叙理論により、民法第七六六条を類推適用して当庁が本案につき審判をなしうるというべきである。

次に本案前の仮の処分について検討するが、民法第七六六条家事審判規則第五三条には、民法第七五二条家事審判規則第四五条第四六条第九五条の場合のように審判前の仮の処分についての規定がない。しかし、前叙のとおり法律上の離婚に至らない夫婦間の別居の段階には種々の場合があるのであつて、民法第七六六条類推適用の場合にのみ審判前の仮の処分をなしえないとするのは相当でない。審判前の仮の処分はいわば本案の審判前の中間の審判であつて、臨時に必要のある場合、例えば、著しい損害を避け、又は急迫な強暴を防ぐため必要ある場合にこれを認むべきものである。而して、家事審判法上の仮の処分を通覧するに、必ずしも財産上の損害を避ける場合に限つていないこと明らかである。本件のごとき場合は、調停前の仮の処分(家事審判規則第一三三条)によるべきであるとの論も或いはあろうけれども、制度の目的が異るし、これは調停不成立となり審判に移行した場合には失効し、更めて審判前の仮の処分を必要とするので、この論は採用しえないし、調査官の調整活動にまつべきであるとの論は、運用として副次的にその活動に期待することはあつても、これを目的とすることは相当でないといわなければならないのでやはり採用し難い。従つて、本件の場合民法第七五二条家事審判規則第四五条第四六条によつて準用される同規則第九五条の類推適用により、理論的には事件本人両名の「生活又は教育について臨時に必要な処分」をすることができるといわなければならない。

次に、子を監護していない親と子との面接交渉の問題であるが、この点についてもわが法には何等の規定がない。しかし諸外国の立法においてはこの種の規定があることは周知のとおりであり、わが法制上も民法第七六六条第一項家事審判規則第五三条の「子の監護について必要な事項」に含まれると解される。従つて本件のごとき婚姻破綻状態にある夫婦について面接交渉の審判をなしえ、かつ、仮の処分としてこれを命じうるといわなければならない(民法第七五二条の場合にも面接交渉権を認めうると解する。学説の或るものはこれを否定し、夫婦間の協力扶助は財産的なものに限り精神的なものは道徳に譲ると解するが、家事審判規則第九五条の「生活又は教育について」の文言からみてもそのように狭く解さねばならぬ理由はない。このように解してこそ非訟事件の妙味はあるのであり、合目的的後見的法制に副うものであると考える)。

扨て、本件の場合につき検討する。申立人が実家へ帰つた頃から昭和四七年春頃までは事件本人両名も申立人を慕つていたが、その後次第に申立人を避けるようになり、最近の調査官のテストによれば、長女佳世子は「私のおかあさんは」との文章完成検査に「うそつきです」と答え、「私のしんぱいしていることは」に「ママの所へ行くとしたらしんぱい」と答え、「私はおかあさんがすきですか」に「きらい」と答え、「もし私のおとうさんが」に「うそをついても豊中にいます」と答え、「私のいやなことは」に「ママが学校にくるとはずかしい」と答えており、母親のことにつきかなり混乱緊張がみられるが、他の検査においては人間関係の稀薄さが感じられ、人間的な感情や当事者としての人間性に乏しく、傍観的逃避的であり、欲求不満は内にこもり易く、それが母親に対する不満として表われているようである。その葛藤緊張が同人の子供らしくない心遣いや、対人的に深く交われない根源となつているように思われる。次女美砂についてはテストが不能であつた。事件本人両名が現在相手方の許において一応安定した生活をしており、母親像は薄らいでいることは認められるけれども、上記の検査結果はその年齢に比べてあまりにも異常であるといわなければならない。一方の親の許に同居する子は、その監護している親に対し忠誠心を抱き迎合する傾向があるといわれており、本件の事件本人両名の年齢や母親との別居期間を考えれば、その傾向がかなり強いことも考えうるけれども、前叙認定の事情から推定せられるように相手方の申立人に対する態度や相手方側の事件本人両名に対する意識的無意識的な申立人非難の影響もあるのではないかと思われる。兎もあれ、本件のごとき別居している夫婦間の離婚訴訟中の一方の親の子との面接交渉は、抽象的には離婚後のそれよりも一層これを認むべきものであるが、前叙認定の事情下においては、その必要は更に強いといわなければならない。これは親権者の立場のみならず、事件本人両名の母親像を回復し、事件本人両名をして、父母は故あつて別居しているけれども、事件本人両名のためには良き父であり母であることを、その一生の重大時期において理解させることが是非とも必要であると考えるからである。現在の事件本人両名の安定は長い限で見た場合、人間性の理解を偏倚固著させるものであつて却つてよろしくない。子は両親の葛藤とは別に、その悲しみに耐え、それを乗り超えて、父母との結びつきを身に感じて生長してゆくものであろう。本件申立人及び相手方並びにその家族は、いずれも可成の教育を受けた家庭に育ち、これを形成している者等であつて、その教養をもつてすれば事件本人両名が母親である申立人と面接交渉するにつき両親の争に巻き込むことなく相当善き結果を十分期待できると信ずるものである。これまで申立人が秘かに事件本人両名を学校幼稚園等において面接していたのは、己むをえないこととはいえ、方法としては妥当ではなかつたのであり、その方法を事件本人両名にとつて明朗にすることができ、面接交渉に当つて遵守せられるべきエチケットを当事者双方関係者が十分守りさえすれば、事件本人両名もやがて両親に対し真の愛情を抱き、その偏頗で頑な情緒をときほぐすことができるであろう。そのことを特に当事者に期待し、これと円滑な面接交渉の斡旋を調査官に指導援助させることとする。

その他諸般の事情を考慮して、面接交渉の方法を主文のとおり定める。

(家事審判官 松沢博夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例